第2回

「高橋洋祐」

~Drummer~

(六戸町出身)

2019年8月15日対談

 

イシタケイスケ(以下、イ)

高橋様、本日はtoitoitoiのツアーを八戸市で行って頂き、そして、お忙しい中、インタビューにご協力頂きましてありがとうございます。

まず初めに自己紹介をお願いしても宜しいですか?

 

高橋洋祐様(以下、タ)

こちらこそありがとうございます。

1988年7月10日生まれ、六戸町出身のドラムをやってます、高橋洋祐です宜しくお願いします。

 

ー'たまに'しか見れない

めんこいテレビ」からドラマーへ

 

イ)宜しくお願いします。

さっそくですが、洋祐さんがドラムに出会ったきっかけはなんですか?

 

タ)最初、近所の兄ちゃんがドラムをやってたんですけど、すぐ辞めてしまったみたいで「倉庫にドラムが眠ってるから」っていうのを聞いて、音楽に興味を持ち始めました。その時''アカペラ''が流行ってたんですよ。当時流行ってた番組なんでしたっけ?

 

イ)皆で'アカペラ'を歌うのが周りで流行ってたんですか!

 

タ)そうです、そうです。なんだっけ。あ!ハモネプ、ハモネプ!(※1)

 

イ)あぁー!確かにハモネプからアカペラは流行ってましたね!

 

タ)めんこいテレビでやってたんですけど、うちはギリギリめんこいテレビ(※2.)が見れないんですよ。むつ市だと、見れないですよね?

 

イ)めんこいは、(一部を除けば)基本的には見れないですね。

 

タ)うちは、調子いいときに見れるんですよ。ザラザラーって(笑)。ハモネプをたまに見るようになってドラムというか音楽に興味を持ったのがきっかけですね。

 

イ)アカペラから音楽を始めたら、たまたまドラムセットがあって今に至るわけですか? 

 

タ)はい、最初はボイスパーカッションができればよかったんですけど、せっかくなので必要ないなら譲り受けました。うちの周りは何もないのでいつでも練習できましたね(笑)

 

イ)洋祐さんにとって、ご実家はドラムを練習するには恵まれていたということですね。ちなみに、学生時代もドラムをやられてて、上京するタイミングはいつ頃だったんですか?

 

タ)ドラムを始めたのが中学2年だったんですけど、高校入学したときからドラムをやっていきたいと思っていました。

でも、実家からですと(音楽をやるには)車がないと行動できないのがネックで、そもそもドラムをやっている人もそんなにいないので、とりあえず東京に行こう!と思いました。

ですが、親としては大学に行かせたいらしく、大学に行けば東京に行けると思い、とりあえず入れる大学に行くという名目で上京しましたね。「大学に入ればやれるんだ」みたいな(笑)。

イ)大学では、やはりサークルとかには?

 

タ)はい、入ってました。大学には(軽音)サークルが3つあって、練習場所も24時間出入りできていたんです。ですので、一番人数が少ないサークルに入りました。

 

イ)都心に住む人よりも練習に打ち込める環境が整っていたんですね!

 

タ)それはもう、夜中だろうが関係なく、好きなだけ練習しました。偶然にも行った大学がそうでしたが、本当は(音楽の)専門に行きたかったんです。親が「専門に行かなくてもやれるんじゃない?」と言うので、僕も「大学でいいや」っと鵜呑みにして上京しましたね。

 

※1.ネプチューン司会のバラエティ番組力の限りゴーゴゴー

(フジテレビ系列)ハモネプは、この番組内人気コーナー。

※2.めんこいテレビ(フジテレビ系放送)

 

当たり前だと思っていたことが

   'いらない'と言われた

 

イ)そんな洋祐さんが当時ハマっていた音楽はなんですか?

 

タ)一番最初に自分で買ったCDは、確か「千と千尋の神隠し」のサウンドトラックでした!それか、ピクミンの「引っこ抜かれて~♪」のCDのどっちかです。(※3.)

ピクミンCM(2001年放送)

それを学生時代に買ったんですけど、八戸ですと当時からパンク系が盛り上がっていて、時代的にもハイスタが流行ってました。うちの兄ちゃんがギターをやっていて、僕は兄ちゃんからCDを借りて聴いていたんです。

ある日、兄ちゃんの部屋にハイスタのスコアが置いてあって開いてみたら、初心者にはめちゃくちゃ難しく感じて諦めていたんです。

でも結局、流行っていたからかHYを練習し始め、高校時代に一番聴いていたのはACIDMANです。新譜の度にジャズとかサンバっぽいコードとかがでてきて、そっち系に興味がでてきました。

大学時代は''the band apart''でしたね。

 

イ)当時はハイスタ、エルレのブーム来たなっと実感できるぐらい流行ってましたね。

 

タ)ある日、バンドメンバーから

「ハイハットの刻みっているの?」っと言われて、凄く当たり前だと思っていたことが'いらない'っと言われて考えたこともあります。その時、参考に渡されたのがジャズピアニストの「上原ひろみ」さんの音源でした。

そこからジャズドラムに興味が湧いてきました。その後、ラテン系のドラムをされている藤井摂(ふじいせつ)さん、という方のお手伝いやライブを観させて頂いて、そこからラテン系のドラムもやってみたりしました。特にジャンルにこだわりとかはなく、色々やってみよう!というスタンスでしたね。

 

イ)凄く幅が広いですね。本日の公演では、基本はロックだけど、ジャズ等にみられる'抜け感'のようなプレイを感じました。カホンでしたが、シャッフルビートを思わせるような。

 

タ)おー!シャッフル!シャッフルは凄い苦手で、ここ1年ずっと練習してるので嬉しいです。あぁ良かった~。

・藤井摂 biography リンク

https://www.setsufujii.com/biography

※3.ピクミンは任天堂ゲームキューブ用ソフト。

当時(2001)CMソングの「愛のうた」がヒットした。

 

自分に''てっぺん''は

    作りたくないので

 

イ)今日は岸川さんの歌、そしてフロントマンとしてのステージングだけでなく、ギターのムラコシさん、カホンの洋祐さんのお二人がお互い後ろでバチバチやっている姿を見てるだけで楽しかったです。洋祐さんは、toitoitoiをはじめ、多くの方のサポートドラマーとしてご活動されていらっしゃいますよね。

 

タ)つい最近は自分で作詞作曲も始めたんですが、やり始める前までは、自分がやりたいことが無かったわけではなく、それよりも'この人のやりたいこと'っていうのをどうしたらいいのか、凄く考えてました。作詞作曲もやり始めて視野が広がり'これはこうしよう'と思えるようになりました。色々なことを吸収したいですし、やれるだけやりたいと思ってます。

 

イ)洋祐さんにもスランプを感じたことはありましたか?

 

タ)あります、あります。たまに右足が動かなくなるんですよね。本当にバスドラが踏めなくなって、これが原因で辞めちゃう人もいるんです。気合いで治すか、手術で治すかしかないらしく、僕は気合いで治しましたね(笑)

ですが、ドラムの仕組みを理解して「ペダルをこうやって踏んでないから、俺がこうなってる」と、仕組みを意識し始めてからはあまりならなくなりましたね。更に言えば、身体の動きとは別で、全く成長できていないと感じることが多々あります。世の中には想像以上に僕らが今までやってきていないことがあって、それをやっている人達を自分でみつけて、それで「あ、こんぐらいやらなきゃダメなんだな」と鼓舞してます。

自分に''てっぺん''は作りたくないので。

 

イ)それはスランプとかは関係なく、現在進行形ですか?

 

タ)そうですね。常に想像以上のことをするようには心がけています。それが終わったら続ける意味もないと思います。

よく皆が言うことかもしれませんけど、流行りの音楽のいいところもわかった上で、もっとアレンジしたいっという気持ちがあって、聞いてくれた人が知っている曲でも、それを'越えた感覚'のようなものは作れるようにはしていきたいと考えてます。皆、思ってることだと思いますけど。

 

イ)確かに。皆、口には出さないだけで、誰もがストイックな考えは持ってると思いますし、理由はバラバラでも、それが続ける理由なのかもしれませんね。

 

タ)はい。皆思ってることだと思います。

言わないだけで。

 


イ)洋祐さんは地元や八戸を客観的に見たとき、どんなことを感じますか?

 

タ)僕は、この質問が一番難しいと思ってずっと考えてたんです(笑)

なぜなら、上京してからも(自分が)'青森の人'っていうのを無くしたことがないです。

できることなら、今でも地元にいたいと思っているので客観的に考えれないのかもしれませんね。今住んでいるところからは遠いけど、自分が中心になって何か手伝ったり、青森を盛り上げられるようにしたいとは思います。青森から発信して、カッコよくて、全国に広まるように!っていうのは、色々な方面に言ったりしてます。

 

イ)最高ですね!中には、青森から離れて戻って来なかったり、田舎者だということを恥ずかしがる人もいますが、時には武器になることもあると思います。洋祐さんのように、多方面に青森を盛り上げたいと言ってくだされば、周りが興味を持ってくれますし。

 

タ)ほんと、そうなんですよね。

できれば、六戸町の観光大使とかやらせていただきたい(笑)。それぐらいは思ってます。

あんまり音楽だけにこだわってその場所を引っ張らなくていいかな?とも思いますが、ここ何年かサポートしてくださっている方で仲良くなった方が本当に幅広くやっているんです。

その方は、NPOの団体で音楽を作ったり、知的障害者施設で演奏したりしています。最近、本を朗読しながら、バックで演奏したりする'劇伴'を施設でやらせてもらいまして、音楽って無くてもいいけど、あったほうがいいことの方が多いと凄く感じました。

そういった音楽活動は、むしろ、そう思ってないとやれないことでもあると思います。僕は地元でただただ音楽をやりに帰ってくるのではなくて、小さい頃からやってる地元の''駒舞''の音を録音して、いつか音源に使いたいと思ってます。そういう形で地元をアピールできる映像を撮ってくれる方がいたら、一緒にやってほしいです。

 

※上吉田南部駒舞(かみよしだなんぶこまおどり)は上吉田地域に伝わる騎馬武者による野馬取りの行動を巧みに舞踊化した駒舞。

イ)八戸でしたら種差海岸や、蕪島も魅力的ですので、地元から上京してMV撮影する時には使ってもらってどんどんアピールしてほしいですね。

 

タ)本当にそう思います。僕が去年作曲した楽曲のMVも地元で撮ったものを使ったりと勝手にPRしました(笑)そういうことをもっとやりたいんですよね。

 

夢~世界平和

「様々な問題を柔らかく解決していきたい」

 

イ)素敵です。僕も頑張ります。今述べて頂いたことと被るかもしれませんが、洋祐さんの夢をお聞きしたいです。

 

タ)これ、真面目に考えてるんですけどいいですか?マジで「世界平和」です。

 

イ)とても理想的で、素敵です!

 

タ)それも理由があって、音楽をやったおかげという訳ではないのかもしれませんけど、最近どんどん世界的に色々変わってきている'途中'だと思うんです。日本も凄く魅力的だと思いますが、世界的に何か貢献したいと思っています。大学時代にけっこう考えていて、例えば「カンボジアの地雷を全部とる」というような。

 

イ)それは凄いことです。

 

タ)確かに音楽もやりたいけど、僕は、海外青年協力隊として(海外に)行きたいと思っていて、大学時代は真剣に考えていました。音楽をやっていたら、そういった活動には参加する機会は少なくなりますが、日本でも、今後どんどん色んな問題が増えてくると思うので、僕としては積極的にそういった問題を取り除く活動をしていきたいと思います。

 

イ)本当にカッコいいです。

 

タ)初めて誰かにちゃんと言えた(笑)

 

イ)ホントですか!初公開がそれが僕のインタビューだなんて、ありがとうございます!

 

タ)こういうことって、あんまり聞かれないので話す機会がないんですよね(笑)夢とか。

 

イ)僕もロックとは言わず、音楽で世界平和はできると思います。

 

タ)切り取って、一部の話をされると攻撃的に捉えられるかもしれませんので、僕は柔らかい方で何かできたらと思います。そういう考えもあって、NPOの活動を通して色んな人に知ってもらいたいですし、SNSで拡散したり、興味がある人に声かけたりしてますね。まだまだ力不足だとは思っていますけど。音楽も自分の為にはやっていない時もありますよ。

 

イ)僕は自分の為に音楽をやったらうまくいきませんでした。と、いうより僕がきっかけであったり、何かを好きになってくれる方、何かを始める方がいれば嬉しいので、その人達の為に音楽をやりたいです。形はどうあれ。

 

タ)それは一緒ですね。僕きっかけで、協力してほしいとか、何かできることがあればどんどんやっていきたいです。それが広がり、皆のきっかけになれたら嬉しいです。

 

 

 ー'引っ張っていける存在'になりたい。

 

イ)最後になりますけど、これからの若者、いまの若者にメッセージをお願いします!

 

タ)はい、難しいですけど、多かれ少なかれ皆さん、どこかで尖っていると思うんですけど、僕は今の方が尖っていると思うんです(笑)。

尖り方?っていうのを自分のやりたいと思っていることを自分で明確に伝えられるか、見せられるか。

それを今までと少し変えるだけで、また色んな人が見てくれるだろうし、その中から一緒にやりたいって言ってくれる人も増えると思います。尖っているうちは、皆なんでも(好きなことを)やればいいと思いますけど、それをやるためには、どうしたらいいかを身に付けてやっていければいいかと思います。

 

この歳になっても、目上の方で色んな方向に引っ張ってくれる人もいますが、自分もいい歳なんで(笑)。自分も引っ張っていく側になれたらいいな、とは思っているのでやりたいことがあれば、どんどん言って欲しいです。

皆さん、今後、一緒に何かやりましょう!

 

イ)ありがとうございます!

本日は、六戸町出身のドラマー、高橋洋祐さんにご協力頂きました。改めて、本日は公演後にも関わらず、ありがとうございました。

 

タ)いえいえ、こちらこそありがとうございました。

 


高橋洋祐

1988年生まれ。六戸町出身。音楽家。主にドラム。

数多くのアーティストのサポートドラム、バンドメンバーとして都内を中心に活動中。また、自身が所属するバンドでは作詞作曲も手掛ける。彼のHP、SNSではその頻繁な活動と多方面での活躍がわかる。また彼のHP、SNSでは手掛けた楽曲も公開中。

 

HP

http://fanceep-tkhs-yosuke.doorblog.jp/

 

 twitter

https://twitter.com/tkhs_yosuke?s=09

 

 

インタビュー&掲載 イシタケイスケ